研究成果の紹介
「建設工事で発生する自然由来重金属等含有土対応ハンドブック」の出版
図-1 本書の表紙
本書出版の背景
天然の岩石や土には、微量ながら人体に有害な物質(重金属等(∗))が含まれています(表–1)。国民の環境意識の高まり、2003年の土壌汚染対策法の施行などを背景に、建設工事の実施に当たって、天然に重金属等を含む掘削岩石や土砂(ここでは「自然由来重金属等含有土」という)の環境への影響の評価と、必要に応じた対策が求められるようになってきました。このような状況に対応するため、国土交通省総合政策局事業総括調整官室は2010年3月に「建設工事における自然由来重金属等含有岩石・土壌への対応マニュアル(暫定版)」をとりまとめました。このマニュアルのとりまとめ後、実務者向け解説書の刊行が、業界で望まれていました。そこでマニュアルの策定に深く関与した土木研究所と、土木研究センター地盤汚染対応技術検討委員会の編著により、「建設工事で発生する自然由来重金属等含有土対応ハンドブック」(大成出版社)(図–1)を刊行しました。
表–1 世界および日本における重金属等元素の存在度(単位:mg/kg)
出典:「建設工事における自然由来重金属等含有岩石・土壌への対応マニュアル(暫定版)」
図-2 建設工事における自然由来重金属等含有土
への一般的な対応フロー
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図-3 建設工事における酸性土への
一般的な対応フロー
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図-4 酸性水の発生に伴い、茶色く変色し、
植生が生えないのり面
図-5 事業段階に応じた調査の内容
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図-6 自然由来重金属等含有土の一般的な評価の流れ
(都道府県等の条例、環境部局の指示がある場合や
建設発生土の受け入れ条件が定められている
場合等にはこの限りでない)
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本書の構成と内容
本書は、自然由来重金属等含有土をはじめて取り扱う現場技術者を主な読者対象として執筆されました。本書の構成を表–2に示します。
§1総説では、円滑な工事の実施のために自然由来重金属等含有土のみならず、掘削に伴い空気と水に触れて酸性化する発生土(本書では「酸性土」という)についても適切な対応が必要であることを述べ、一般的な対応の流れ(図–2、図–3)を概説しました。
酸性土は、土壌汚染対策法をはじめとする法令では対応の義務がありません。しかし実際には、酸性水の発生によって魚が死んだり、のり面が茶色く変色したり、植生が生えなかったり(図–4)することで、問題が見つかることが多いので、酸性土への対応は実務上重要です。
§2基本事項では、自然由来重金属等含有土や酸性土の種類や分布、建設工事の実施にあたってのこれらのリスク、有害性や対応の必要性の考え方を整理しました。また自然由来重金属等含有土への対応にあたっては、場所、産状、発見の経緯、処分場所等により、適用を受ける法体系が異なることを示しました。
§3調査では、主に自主調査の基本的な流れ(図–5)を概説し、各段階で行う調査・試験に基づく対応の要否判断の流れ(図–6)を示しました。そして各調査段階における調査の目的、具体的な内容、留意点を示しました。
§4対策では、発生土の産状および利用場所ごとに一般的な対応方法を整理しました。また、地下水への影響予測、施工時の対策、モニタリング、施工後の管理について、留意点を述べています。
参考資料では、自然由来重金属等含有土の溶出特性評価事例、各種試験法の解説、対策事例、要対策土の判定事例、各種基準値一覧など、実務者の参考となる情報を掲載しました。
今後行われる大規模な建設事業においては、発生土の取り扱いが事業全体の工費、工期を決定する大きな要因になると考えられます。本書が発生土への対応の一助となることを願っています。
(∗)「重金属等」 : ここでは、土壌汚染対策法で指定する有害物質のうち、天然の岩石や土に存在する「カドミウム」、「六価クロム」、「水銀」、「セレン」、「鉛」、「砒素」、「ふっ素」、「ほう素」を「重金属等」と総称します。
表–2 本書の構成
(問い合わせ先 : 地質チーム)
「道路トンネル維持管理便覧【本体工編】」が刊行されました
1.はじめに
道路トンネルの維持管理に関しては、平成5年に「道路トンネル維持管理便覧」(以下「従前の便覧」という。)が発刊され、実務上の参考図書として活用されてきました。
その後、平成24年12月に笹子トンネル天井板落下事故が発生し、社会資本の維持管理の重要性が再認識される契機となり、道路法が改正されるとともに、関連する政令・省令が公布、施行されました。これを踏まえ、道路トンネルの定期点検に関しては、平成26年6月に、国土交通省より「道路トンネル定期点検要領」が発出されました。これらの改正等においては、近接目視による点検や健全性の診断の方法等が規定されました。
このような状況を踏まえるとともに、従前の便覧発刊以後の新たな知見、特にトンネルの本体工の維持管理に関する内容について最新の技術および事例等を盛り込むことにより、具体的な道路トンネルの維持管理の方法について取りまとめられたのが、「道路トンネル維持管理便覧【本体工編】」(以下「本便覧」という。)です。
道路トンネル維持管理便覧【本体工編】
(公益社団法人 日本道路協会、平成27年6月)
2.定期点検の手法の解説
道路法の改正等にともない、道路トンネルにおいては、覆工や坑門工といった本体工のみならず、ジェットファン等のトンネル内附属物の取付状態について、5年に1回の頻度で、近接目視により点検を行うことが基本となりました。また、健全性の診断結果は、統一的な尺度、すなわちⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳの4段階に分類することとなりました。加えて、変状や異常が認められたときに講じる措置や、点検結果の記録を含め、点検→診断→措置→記録といったメンテナンスサイクルに沿った維持管理を適切に実施していくことが重要になってきています。本便覧においては、技術者が実務で直面する状況に適切に対応できるよう、重点的に点検すべき箇所等、具体的な内容を詳述しています。
近接目視点検・打音検査の様子
3.本体工等の判定事例の解説
道路トンネルの変状や異常は、様々な発生要因があり、現れる現象としても多岐にわたり、非常に複雑です。道路トンネルの維持管理を適切に行っていくためには、これらの変状や異常に対し、必要に応じて詳細な調査を行いながら、変状や異常の程度等を適切に判定する必要があります。本便覧においては、トンネル本体工の変状やトンネル内附属物の取付状態の異常について、実際の事例を踏まえながら、図や実際の写真を用いて、その判定を行うにあたっての参考となる解説を分かりやすく行っています。また、最新の技術的知見を踏まえた具体的な調査方法や、判定における留意点や判定の目安、考え方等を、イメージ図や写真を用いながら、詳述しています。
4.対策工に関する解説
道路トンネルに変状が発生した場合は、何らかの対策を講じることが必要になります。対策には、主に覆工の材質劣化や漏水によって低下した機能の回復・維持を目的とした補修対策と、主に覆工の構造的な安定性の確保・維持を目的とした補強対策があります。これらの対策を実施するにあたっては、変状の原因を推定したうえで、適切な対策工を選定する必要があります。本便覧においては、土木研究所で検討を行った成果等も含め、対策工を選定するうえでの適用区分等について解説を行うとともに、具体的な適用事例を紹介しています。
5.おわりに
上記以外にも、点検結果の記録に関する例示や、措置のひとつとして位置づけられている監視に関する考え方、対策工に関する最新技術についても、本便覧に記載されています。
新たな便覧が今後の道路トンネルの維持管理と安全の確保に役立つことを期待します。
(問い合わせ先 : トンネルチーム)
作業効率向上をめざす今後の稲作で必要水量は変化するか
研究の背景-北海道の稲作における直播栽培面積の拡大-
北海道の水田地帯では、農家の経営規模の拡大が続いています。現在、稲作の大部分は、ハウスで育てた苗を水田に植える「移植栽培」で行われます。しかし、農家1戸当たりの水田面積が20ha程度を超えると、移植栽培だけで稲作を行うのが難しくなります。これは、農作業の集中する春に労働力が不足するためです。北海道には、労働力不足への対応策として、水田に直接タネをまく「直播栽培」の導入を進めている地域があります。直播栽培は、育苗や移植が不要であり、春の作業量を軽減できます。直播栽培には、移植栽培に比べて収量が不安定であることなどの課題がありましたが、育種や栽培技術分野での研究や農家の技術習得で課題の克服が進みました。北海道内で普及の早い市町村では、すでに直播栽培の面積割合が10%に達していて、今後もその増加傾向は続くと予測されます。
写真1 妹背牛町の大区画水田での代かき作業
移植栽培と直播栽培の土壌管理の違い
移植栽培と直播栽培では、土壌の管理方法が異なります。たとえば、移植栽培では田植えの前に代かきが行われます(写真1)。これは、水田の土塊を砕いて撹拌し沈殿させる作業です。その目的は、①雑草の発芽抑制、②水田を平らにすること、③表面付近の土壌の亀裂をふさいで浸透量を抑制し水田に水を貯めやすくすることなどです。これらに加えて、移植栽培では、④トロトロになった土が苗の根を包み込むことで田植え後の根が定着しやすくなることも、代かきの目的です。直播栽培は、大きくは乾田直播と湛水直播に分けられますが、前者では代かきを行いません。また、後者でも代かきを省略することがあります。その理由は、代かきの目的のうち④は直播栽培では不要ですし、①は除草剤が利用可能で、②はレーザーレベラーという機械で実施できるようになったからです。水田で使う水量は、浸透量の大小に強く影響されますから、直播栽培の普及によって代かきを省略する水田の割合が大きくなると、目的の③が達成されず、その地域全体の用水量も大きくなり、水不足が生じるおそれがあります。
図1 水田への供給水量の累積値
(供給水量とは、水路からの取水量と水田で
有効利用された降水量の和。図中の文字は
水田で行われる作業の名前。)
直播栽培面積が拡大すると水田地帯の用水量は変化するか
水利基盤チームでは、平成23年度から空知地域の妹背牛町の大区画水田(約2ha)で用水量を調査し、同一の水田で移植栽培・乾田直播・湛水直播の用水量の比較を行いました(図1)。この水田では、乾田直播と湛水直播の両方とも代かきは行われませんでした。同一の水田(もちろん同じ農家の耕作です)で栽培方式による用水量を比較した事例はまれであり、貴重なデータです。この調査水田では、結局、直播栽培と移植栽培の用水量が近い値になりました。妹背牛町では地下水位が比較的浅い泥炭地が広く分布します。このような場所では、代かきを行わず地表付近の土の透水性が大きい水田であっても、それよりも下方への浸透量が小さいことによって、地表付近を実際に浸透する水量の差が小さくなり、結局は用水量の差も小さかったと考えられます。今後、他の地区でも調査を行っていく予定です。このようなデータは、将来の水田地帯における用水量の予測や安定した用水配分技術の検討に活用します。
(問い合わせ先 : 寒地土木研究所 水利基盤チーム)