研究成果の紹介
実物スケールの堤防模型による越水破堤実験
〜十勝川千代田実験水路〜
近年では台風や集中豪雨などによる豪雨災害が多く発生し、それに伴い堤防の決壊事例もみられるようになってきています。特に破堤による被害は甚大であり、その8割以上が堤防から水があふれる越水に起因するものであると言われています。
現在の越水破堤に関する研究では,河川の流れも考慮した実物大での3次元破堤メカニズムが未解明となっています。これらを明らかにすることで、破堤後における堤防復旧等の危機管理対策技術の向上、ハザードマップの精度向上など、その成果を行政へ還元することが期待できるとともに、今後の越水破堤に関する研究発展のためにも非常に重要です。
現在、寒地土木研究所と国土交通省北海道開発局では実物大の実験水路として十勝川千代田実験水路を用いた様々な実験を行っており、2008年度より破堤をテーマとした実験を行っています。2008年度は計測機器の機能検証や計測手法の確立等とともに、破堤拡幅過程(堤防が越水に破壊される様子)を明らかにするために千代田実験水路内に横断堤を造成し、正面越流による2次元越水破堤実験を行いました。
実験の結果より次のことが明らかとなりました。
@ 横断方向への破堤拡幅過程は流水作用によるものではなく、まずは鉛直方向に崩壊が進み、周辺土砂が不安定な状態になることで拡幅が進むことがわかった。これは過去の研究で室内実験結果からの推測にとどまっていたが、実物大でその現象を捉え、明らかにすることができた。
A 千代田実験水路で形成された落ち掘れ(水流による洗掘)の形状特性について、過去の室内実験や被災事例の範囲内であった。このことは、千代田実験水路での越水破堤実験で得られた知見を、今後の他の研究についても反映可能であると言える。
B 加速度を計測するセンサーを実験に用いることで、実物大でも通水を止めることなく,現象速度が速く不可視部分の破堤過程を計測する手法が確立できた。
2009年度以降は千代田実験水路を用いて実物大での3次元越水破堤実験を行い、そのメカニズムをより詳細に解明する予定です。
(問い合わせ先:寒地土木研究所 寒地河川チーム)
田んぼの魚、川の魚 〜エコロジカルネットワーク
この原稿を書いている5月の連休明け。研究室の窓から見える水田は満々と水を湛え、鏡のようにもみえます。田植えの頃になると、水田や用水路では、ドジョウ、コイ、フナ、ナマズなど様々な魚の姿をみかけることができます。冬場にすっかり水がなくなってしまう水田もあるのに、いったい、この魚たちはどこから沸いてくるのでしょう。
図-1は、水田と川を行き来する魚の様子を調べるために、川と水田の間にわなを仕掛け、網にかかった魚の数を比べたものです。調査をした水田で田植えが終わった5月頃、河川から水田地域に向かうコイ、フナなどたくさんの魚が観察されました。この魚たちは6月、7月になると、5月とは逆に水田地域から河川へと下っています。実は、5月に水田地域に向かっている魚の多くはお腹に卵をもった成魚で、用水路や水田で産卵をします。大きなナマズやコイが、田植えが終わったばかりの水田で卵を産んでいる様子もみられました(写真-1)。そして6,7月になると、水田や用水路で育った稚魚たちが河川へと向かっていきます。
ところが、最近、このような魚たちの姿が見られない水田もでてきました。稲作作業の負担を軽減するために、水の管理がしやすく、水田一枚の大きさが大きくなるよう水田を改善した結果、水田と水路の間や水路の途中に段差ができてしまい、水田や水田周りの水路に魚たちがのぼりにくくなってきたのです(写真-2)。それだけではありません。図-1に示す水田地域では、7月の末には稲刈りの準備のため水田に給水していたポンプを止めてしまうため、水田や用水路は干上がってしまいます。7月末の調査では、たくさんの稚魚やドジョウが水田地域から川へと下るとともに、用水路の途中に取り残されている稚魚も少なくありませんでした。
このように、魚にとって水田や用水路の姿は昔と比べて大きく変わってきましたが、したたかにこれを利用している魚もいます。例えば、河川とつながってもおらず、冬場には水がなくなってしまうような用水路で、小さな水たまりを利用して越冬した魚たちが、春になって爆発的に増えていた用水路もありました。外敵もまた入りこめないことも幸いしているようです。別の用水路では、河川からの外来種の侵入を阻んでいる例もありました。
水田や用水路は人間が管理する水域でありながらも、魚や両生類、昆虫類などたくさんの生き物が、いろいろな形で利用しています。ここで育まれた生き物は、河川を通じ広い範囲の生き物たちとも関っています。水田の環境を守るためには、水田地域の魚の生態ももちろんですが、その地域の人間活動、周辺の河川の生き物など、いろいろな情報を元に考えていく必要があります。
(問い合わせ先:河川生態チーム)
天然ダムの新しい緊急監視手法
〜投下型水位観測ブイ〜
平成20年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震では、栗駒山周辺で大規模な山崩れが多数発生し、その結果、数多くの天然ダムが形成され、下流域への脅威となりました。天然ダムは、山崩れで発生した土砂が川の水の流れを堰き止めてしまうことにより発生します。人間が作るダムと違って、水があふれたりすると、堰き止めていた土砂が侵食を受けます。すると、大量の水が土砂等とともに一気に土石流・洪水となって下流を襲う可能性があり、大変危険なものです。したがって、地震等のために天然ダムが形成されているのが発見されれば、ただちにその水位上昇を注意深く監視する必要があります。
しかし、天然ダムが発生するような大きな地震があった後には、交通、通信網が途絶して、いつもどおりに現地へ急行して水位を測定することが難しい場合が多く、発生後ただちに水位監視できる技術の開発が望まれていました。そこで、土木研究所火山・土石流チームでは、天然ダム発生に伴う緊急監視手法として、ヘリコプターから投下するだけで直ちに水位計測・データ送信が可能な投下型水位観測ブイを開発・製作しました。
我々が開発した投下型水位観測ブイは、通信装置を搭載したブイと、水位センサ付きのカゴウェイト、両者を接続するケーブルから構成されます。使用前は、カゴウェイト内にブイとケーブルが収容されてヘリコプターで空輸可能な形となっていますが、水中投下後はカゴウェイトと水位センサが水底に沈み、ブイはカゴウェイトから浮力で分離して水面に浮上します。その際、水深に応じた長さのケーブルが繰り出され、直ちに水位測定・データ伝送を行う体勢となるところがポイントです。測定された水位データは、衛星通信伝送装置によって通信衛星を通じて防災担当者にメール配信され、遠方においても湛水位を把握することが可能です。なお、現地における作業は、ヘリコプターから投下するだけです。
岩手・宮城内陸地震で発生した大きな天然ダムの一つ(ダム高約40m)に対して、本観測ブイが実際に活用されました。この水位データは緊急災害対策工事を行っていた東北地方整備局にリアルタイム配信され、防災用基礎データとして活用されました。なお、本計測器は実用新案に登録されました(第3149794号)。
(問い合わせ先:火山・土石流チーム)